カント『永遠平和のために』

はじめに

 国連に先駆けるアイデアを提示したことでも有名な本書。

 徹底した現状分析を踏まえた、国際平和のための実践的原理が論じられている。

 いつの時代も読み継がれるべき、名著だと思う。


1.永遠平和のための予備条項

 カントが列挙した永遠平和のための予備条項を、まずは以下に挙げておこう。

第1条項 将来の戦争の種をひそかに保留して締結された平和条約は、決して平和条約とみなされてはならない。

第2条項 独立しているいかなる国家(小国であろうと、大国であろうと、このばあい問題ではない)も、継承、交換、買収、または贈与によって、ほかの国家がこれを取得できるということがあってはならない。

第3条項 常備軍(miles perpetuus)は、時とともに全廃されなければならない。

第4条項 国家の対外紛争にかんしては、いかなる国債も発行されてはならない。

第5条項 いかなる国家も、ほかの国家の体制や統治に、暴力をもって干渉してはならない。

第6条項 いかなる国家も、他国との戦争において、将来の平和時における相互間の信頼を不可能にしてしまうような行為をしてはならない。たとえば、暗殺者(percussores)や毒殺者(venefici)を雇ったり、降伏条約を破ったり、敵国内での裏切り(perduellio)をそそのかしたりすることが、これに当たる。


2.確定条項

 続いて、永遠平和のための確定条項をやや詳しく見ていくことにしよう。

 まずカントは次のように言う。

「一緒に生活する人間の間の平和状態は、なんら自然状態(status naturalis)ではない。自然状態は、むしろ戦争状態である。〔中略〕それゆえ、平和状態は、創設されなければならない。」

 ホッブズが言うように、人間は放っておくとどうしても互いに争い合うことを避けられない(ホッブズ『リヴァイアサン』のページ参照)。したがってもしもわれわれが平和を望むのであれば、それはわれわれ自らの意志によって創設されるのでなければならない。カントはまずそのことを強調する。

 この平和のための基礎となる政治体は、共和制である。そうカントは主張する。そこで永遠平和のための第一確定条項は、次のようになる。

「各国家における市民的体制は、共和的でなければならない。」

 共和制のみが、各人の自由平等を基礎とする政治体制であるからだ。

「第一に、社会の成員が(人間として)自由であるという原理、第二に、すべての成員が唯一で共同の立法に(臣民として)従属することの諸原則、第三に、すべての成員が(国民として)平等であるという法則、この三つに基づいて設立された体制――これは根源的な契約の理念から生ずる唯一の体制であり、この理念に民族の合法的なすべての立法が基づいていなければならないのであるが、こうした体制が共和的である。」

 続く第二確定条項は、次のように設定される。

「国際法は、自由な諸国家の連合制度に基礎を置くべきである。」

 カントによれば、永遠平和は国際連合の理念によって達成されるべきである。もしこれを単一的な世界統一国家にしてしまったら、それはかえって暴力的なものになりかねない。平和のためには、統一より多様な諸国家の連合の方がふさわしい。

 第三確定条項は、次のようである。

「世界市民法は、普遍的な友好をもたらす諸条件に制限されなければならない。」

 各国の市民が諸外国においても十分な権利を保障されるようなものとして、世界市民法は編まれなければならない。それ以上のものを法に望んだとたんに、それは法の名を借りた強制になる。ヨーロッパの植民地支配がそうであるように。カントはそのように主張する。


3.補説

 続いてカントは、上述の条項についてどのように考えるべきか、より深く掘り下げて考察する。「補説」とは言っても、この補説にこそ、カント哲学の本領があるように思われる。

 まず彼は第一補説を次のように言う。

「この保証を与えるのは、偉大な技巧家である自然(諸物の巧みな造り手である自然natura daedala rerum)にほかならない。」

 永遠平和は決して夢想ではなく、自然がこれを保証してくれている。

 このあたり、永遠平和を自然の摂理のように描いているため、今日ではやや説得力に欠けるかもしれない。しかしそれでも、カントの言い方はそれほど悪くはない。彼は次のように言っている。

 永遠平和は自然の摂理だが、しかしこれを達成するのは人間であり、そしてそれは、法を作り出すことによって可能になるはずのものである、と。

「それゆえ、ここで次のように言ってよい。自然は、法が最後には主権を持つことを、あらがう余地なく意志している、と。」

 カントの強い意志を感じる箇所である。

 第二補説は、カントによれば秘密条項である。彼は言う。

「国王が哲学することや、哲学者が国王になることは、期待されるべきことではなく、また望まれるべきことでもない。なぜなら、権力の所有は、理性の自由な判断をどうしてもそこなうことになるからである。」

 プラトンは哲人王の思想を唱えたが(プラトン『国家』のページ参照)、哲学者はあくまでも、どこまでも権力とは無縁に知恵をのみ追い求め続けるべきである。カントはそのように言う。


4.道徳と政治

 最後にカントは、道徳の原理と政治の原理の違いについて論じる。

 『実践理性批判』等で見たように、カントにとって「我が内なる道徳律」は人間における最高の法則だった(カント『実践理性批判』のページ参照)。

 われわれは自然法則に従って生きざるを得ないが、しかし同時に、自らの自由意志によって普遍的な道徳法則に従うこともできる。

 それは、人間が人間である証であると言っていい。

 しかし政治は、必ずしもこの道徳法則に従ってなされるわけではない。いやむしろ、道徳法則になじまないことの方が多いとさえ言っていい。

 しかしそれでもなお、政治の原理は道徳の原理に従わなければならない。カントはそう主張する。

「政治と道徳を一致させることは、なんら技術ではない。なぜなら、両者が矛盾しあうようになると、道徳は、政治が解くことのできない結び目を一刀両断にするからである。――人間の法は、支配権にどれほど大きな犠牲を払わせるにしても、神聖に保たれなければならない。

 ここでカントは、ドイツ皇帝フェルディナント1世の言葉とされる、次の有名な言葉を挙げて言う。

「『正義はなされよ、たとえ世界は滅びるにしても(fiat iustitia, pereat mundus)』というのは、格言として世間に通用している命題で、ややおおげさに聞こえるが、しかし正しい命題である。これはわれわれの言葉で言えば、『正義よ支配せよ、たとえ世界の邪悪な連中がそのためにすべて滅びるにしても』ということで、これは勇敢であって、悪だくみや暴力が指図する曲った道をすべて断ち切るといった、法の原則である。ただこの原則は、誤解されてはならない。この原則は、〔中略〕だれに対しても、その人間に好意をもたないとか、ほかの人間に同情するとかの理由で、その人間の権利を斥けたり侵害したりしてはならない、という責務として、理解されなければならない。」

 後にヘーゲルは、「正義はなされよ、たとえ世界は滅びるにしても」というこの言葉を批判し、「正義はなされよ、しかし世界が滅びることなく」でなければならないと言うのだが、このあたり、カントとヘーゲルの違いは、実はさほどないのではないかと私は考えている(ヘーゲル『精神現象学』『法の哲学』のページ参照)。

 ヘーゲルは、カントの言う「最高善」「定言命法」を、現実的でない空虚な道徳律であるといって批判する。

 それは確かに、かなり的を得た批判ではある。しかし、この『永遠平和のために』における晩年のカントには、ヘーゲルに近い現実感覚がかなりあったように思われる。

 と言うのも、カントは先の言葉を、絶対的な道徳法則に皆が従えなどと言うのではなく、あくまでも、権利の対等という政治・社会原理として描き出しているからだ。

 政治原理は、好悪や同情が先に立つのであってはならない。カントはそのことを強く主張した。これは空虚な道徳論ではなく、かなり現実的かつ原理的な政治社会論と言っていいはずだ。

 本書は次のような言葉で結ばれている。

「真の永遠平和は、決して空虚な理念ではなくて、われわれに課せられた課題である。この課題は次第に解決され、その目標に(同じ量の進歩が起こる期間は、おそらく次第に短くなるから)たえず接近することになろう。」

 永遠平和は、いつの日か必ずや実現する社会的課題だ。

 200年以上も前のカントの言葉に、深く感銘を受けずにはいられない。

(苫野一徳)

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コンドルセ『公教育の原理』



はじめに

コンドルセ 公教育の父と称されるコンドルセ。

 フランス革命期に活躍した、政治家・数学者・思想家だ。

 ジロンド派に近づいたことで、急進的な山岳派と対立。ジロンド派の失墜に伴って、彼自身も投獄され獄中服毒自殺を遂げた。

 しかし彼が示した「公教育の原理」は、今もわたしたちの教育を支える力強い原理であり続けている。


1.公教育の原理

「公教育は国民に対する社会の義務である。」

 コンドルセはまずこのように主張する。そして言う。

「人間はすべて同じ権利を有すると宣言し、また法律が永遠の正義のこの第一原理を尊重して作られたとしていても、もし精神的能力の不平等のために、大多数の人がこの権利を十分に享受できないとしたら、有名無実にすぎなかろう。」

 つまり公教育は、権利の平等を実質化するという本質をもったものなのだ。

 フランス革命を経て、市民は法律によって「自由」と「平等」を手に入れた。

 しかしコンドルセは言う。この「自由」と「平等」は、教育によって初めて十全なものになるのだと。

 「権利の平等の実質化」、そして、そのためにすべての子どもに「知識および品性とその獲得の手段を保証する」こと。これがコンドルセの提示した公教育の原理である。


2.
公教育は知育のみを対象とすべきである


「公権力は思想を真理として教授せしめる権利を有しない」

 専制政治からの解放によって、市民は思想の自由を手に入れた。それゆえこの思想の自由を保障するために、公教育は思想教育を排し「知育」に限定するべきである。コンドルセはそう主張する。


3.男女共学の思想
 
「男子に与えられる教育に、女子も参加することが必要である」

 市民の権利は皆平等だ。だからそこには男女の区別はない。コンドルセはそう主張した。

 ルソーですら、男女の教育は別々が当然だと考えていた(ルソー『エミール』のページ参照)。

 その意味で、コンドルセのこの思想はきわめて先駆的なものだったといっていい。
 

5.その他名言

 最後に、本書から印象的な文章をいくつか引用しておきたい。

「法律さえ立派につくられていれば、無知な人間も、これを能力ある人間となすことができ、偏見の奴隷である人間も、これを自由ならしめることができると想像してはならない。」

「天才は自由であることを欲するものであって、いっさいの束縛は天才を委靡させるものである。」


「法律を愛するとともに、法律を批判することができなければならない。」


(苫野一徳)

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