ジンメル『愛の断想・日々の断想』


はじめに

 社会学者であり、また「生の哲学者」としても知られるジンメル。

 今回は、本書から特に「愛」についての深い洞察をご紹介したい。

 個人的には、ところどころ「そうかな?」と思うところもあったが、また同時に、「なるほど確かに」と唸らされる部分も多かった。

 そうした見事な洞察を、以下一部抜粋してご紹介しよう。


1.愛は生殖から独立している

「生命の増殖だけに役立つ性的本能に、生命のことなど全く忘れた愛が結びついて来た――これは、生命からの素晴しい解放である。」

 しかしまた同時にジンメルは言う。

「愛は、愛を知る人において再び一つの生命になる。」

 人間的愛は、決して単なる性的衝動生殖の目的に従属するものではない。


2.愛は生きる意味を与える

「如何なる場合にも、愛を知る人は、各瞬間、自分が何のために生きているかを知っている人である――この何かが実現されることがなくても。」

 私なりに、こう言ってみたい。

 絶対的な生きる意味など、ない。

 しかしそれでも、人は愛を知った時、「ああこれが生きる意味だったのだ」と思うことができるようになる。
 

3.愛されたいだけの人は愛することができない

「彼らは、何時も万人から深く愛されたいと思っているが、事に当って、それに相応しい態度に出ないのみか、一般に人を愛さない人たちである。こういう人たちにとって、愛は確かに存在するけれども、その愛は、愛を得たいというところにだけ現われる。」


4.愛は性に従属しない

「固より、原理的問題は次の点にある。曰く、すべての愛は、その源泉及び永遠の実体としての性的なものから発しているのか、それとも、愛は、魂の根本的な独立の状態であるのか。内容的にも発生的にも性的なものと関係のない愛が存在するという単純な事実が、後者の正しさを告げている。――」


5.愛は拘束だが真の自由


愛というのは、道徳と全く同じように、魂を拘束するものである。魂には、まだ愛を知らなかった時のような落着きも自由も、もう無い。〔中略〕自由と自由の制限とを一つのものと感じるのには、二つの方法しかない。即ち、命令として規定されたものが、自我から生じていなければならない、そうでなければ、自我が、命令として規定されたものから生じていなければならない。
真に自由な人とは、愛を知る人だけである。なぜなら、愛を知る人のみが、如何なる現象に出会っても、過去の因縁や既成の事実によって何一つ制限されぬ能力や傾向のままに、現象に即して、或いは受容し、或いは評価し、或いは現象の全価値を残りなく感得するという態度で対するから。」

 これはとても興味深い洞察だと思う。

 愛は確かに、人を拘束する。それは自らを相手に捧げることだから。

 しかし、それがいわば真の自由なのである。

 それは、自らが望んで自らに課した拘束だから。その意味で、拘束と自由を一体のものとなしうることを知る者、そうした「愛を知る人」だけが、真の意味で「自由」を知る人と言えるかも知れない。


6.愛を求め続けよ

 最後にジンメルは言う。

「日々、愛を獲得して行かねばならぬ人だけが、『自由や生命』を得るのみならず、愛をも得る。


(苫野一徳)

Copyright(C) 2012 TOMANO Ittoku  All rights reserved.


ジンメル『社会的分化論』


はじめに

 社会学者としてのみならず、「生の哲学」者としても知られるジンメル。それまでのあまりに合理主義的な哲学に対して、人間的な「生」を基軸に哲学を探究した。

 そんなジンメルは、そうは言ってもやはり社会学者としての方が有名だ。

 本書は、彼が32歳の時に書いた社会学的処女作。

 難解で知られるジンメルだが、その本質的な理由は、彼が自らのあらゆる問題関心を、あまり整理することなく雑多に織り交ぜて描き上げている点にあるようにわたしには思われる。

 本書のテーマは社会の分化(集団帰属的だった人々が、自由で個別的な存在になっていくこと)にあるが、その主眼は、社会が分化していくプロセスを描くことにあるのか、分化の構造を明らかにするところにあるのか、はたまた、社会が分化していくことが人間にとって持つ「意味」を明らかにするところにあるのか、いまいち焦点が定まらないように思える。

 幾重ものテーマが行ったり来たり縦横に交錯するので、論旨を追うのは中々に難しい。

 しかしそれでもなお、本書はどこをとっても、人間の豊かな生のあり方の洞察に満ち満ちている。

 私の考えでは、本書におけるジンメルの洞察は一言でいえば次の点にある。

 集団的強制からかなりの程度「自由」になり個別化した私たちは、しかしそれゆえ、孤独に苦しんでしまうことがある。その問題を克服するためには、どうすればいいか。

 自由な交わりが可能な、交錯する多様な社会圏を構想すること。そこに可能性の条件がある。

 現代社会を生きる私たちを思えば、それは深く納得のいく考えだ。

 「ここにしか居場所がない」も、「どこにも居場所がない」も、どちらも私たちをひどく苦しめる。

 だからこそ、自らの関心に応じて、さまざまな社会圏を自由に行き来できること。そのような「交錯する社会圏」を創造すること。それが、私たちをより豊かに活かす社会分化のあり方に違いない。

 ちなみに、ジンメルの思想の全容は、菅野仁さんの『ジンメル・つながりの哲学』(NHKブックス)にとても分かりやすく描かれている。ご参照いただければ幸いだ。


1.社会学の認識論

 ジンメルが生まれたのは、1858年。社会学はその草創期にあった。

 それゆえ当時(正確には今もそうだと言えるが)、社会学は確固とした方法論をもっていなかった。そのため社会学の領域では、様々な人が様々なことを言い、いわば社会の見方をめぐって「信念対立」が繰り広げられていた。

 その問題の本質を、ジンメルは次のように言う。

「(社会学の)対象は非常に多くの作用を含んでいるため、研究者の観察や傾向に応じて、ある作用が典型的であり、内的に必然的であると考えられたり、また別の作用がそうであると考えられたりする。」

「その根本的な原因はなにかといえば、社会学においても、その対象が非常に複雑な性質をもっているために、その対象をもっとも基本的な、単純な部分に分解して、その部分の原初的な力および関係を見いだすということができないからである。
 
 要するに、社会学においてさまざまな対立や知見の相違が見られてしまう理由は、社会がきわめて複雑なものであるゆえに、それぞれの研究者の観点によって、何を本質的なものと見なすかが著しく変わってしまうという点にあるわけだ。

 それゆえジンメルは言う。これらのうち、どれが絶対に正しい社会認識かなどと問うてはならない、と。

 だからジンメルは、本書の内容もまた、絶対的な社会的認識ではなくあくまでも一つの見方である、と本書冒頭で強調する。


2.社会とは何か

 ジンメルは続いて、まず彼の有名な「相互作用」としての社会観を披露する。

「けっきょく社会の概念は次のように規定されるであろう。すなわち、個々人の相互作用が、たんに彼らの主観的態度や行為のなかに存在しているというだけではなく、さらに個々の成員からはある程度まで独立した、ある客観的な構成物がつくりだされるというような場合に、われわれは真に社会といえる存在がそこに存在している、といえるのである。」

 ジンメルは社会を、われわれの存在とは無関係な一個の「モノ」としてではなく、個々人の「相互作用」から成る出来事として考えた。この相互作用が一種の「実体」として認識される時、われわれはそれを「社会」と呼ぶのだと。

「つまり、個々の成員の脱退や加入とは関係なく一定の形式をもつ団結が生じているとき、独自の利害をもちながら個々の成員からは独立している共同的な所有物が存在しているとき、個々の成員の参与によっては増減しないで、いわば実体的となっている知識や倫理的生活内容が存在し、しかもそれがこれから参与しようとおもう人々のためにも準備されているとき、また他人とある空間的な共存を行なっていこうとする人が必ず従い、また従わなければならない法律、慣習、交際の形式が完成しているとき――これらすべての場合には、社会が存在しているといえるのである。この場合には、相互作用が凝集して、一つの実体となっているのである。


3.集団的責任を課す社会(近代以前)

 こうしていよいよ、ジンメルは本書の主題にとりかかる。

 それは社会の分化の本質を探るものである。

 昔々、社会はきわめて同質的な集団だった。それがやがて分化し、人々は「自由」になった。

 そのことの意味本質を解明することが、本書の課題である。

 ジンメルはまず次のように言う。

「未開時代においては、個人が罪を犯した場合でも、一族、部族といった社会圏全体が罰せられるべきだとする慣向があった。政治的に統一されている集団において、支配権力が集団の成員の犯した罪を罰する場合は、それは三世代、四世代にまでもおよび、その罪にかんしては責任のない家族員にまで、さまざまな刑罰が加えられるのである。」

 それゆえ、次のように言うことができる。

「ある個人が全面的に依存できる集団が小さければ小さいほど、したがってまた、集団の外で生きていける可能性が少なければ少ないほど、個人はそれだけ強く集団と融合せざるをえない」

 要するに、連帯責任や集団的責任といった考えが通用するのは、個人が社会に対して依存する度合いが強い社会においてなのである。


4.「個性」の主題化(近代以降)


 しかし、集団はずっと閉じた状態でいることは中々できない。他の集団との接触等を通じて、コミュニティは次第に拡大していくことになる。

 そしてジンメルは言う。コミュニティの拡大を通して、個々人がコミュニティに結びつく度合いが少なくなっていけばいくほど、個人に「個性」というものが現れてくるのである、と。

 ジンメルはこの「個人主義」の進展を高く評価する。

 なぜなら、ここに至ってようやく、人々は自らの自由を謳歌することができると共に、他者の尊重もまた自覚することができるようになるからだ。

個人主義は、倫理的な関係では、しばしば利己主義になって現われるのであるが、そのかわりそれは、利己主義にたいする平衡錘の役割も演ずるのである。


 私なりに言うと、次のようになる。

 個人主義は、確かに利己主義と表裏一体ではあるだろう。しかし私たちは、「私は私」という意識が自覚されて初めて、「他者も他者、尊重しよう」と思えるようになるのだ。

 その意味で、個人主義の進展は、人々を集団的責任に結びつけていた力学からの解放であり、また相互尊重の思想の芽生えをもたらしたという意味で、高く評価されるべき側面を持っている。

 ジンメルにはおそらくそのような感度がある。


5.交錯する社会圏

 しかし、ジンメルは個人主義を手放しで礼讃するわけではない。

 と言うのも、社会の拘束力が低下し、私たちが自由を手に入れれば入れるほど、私たちは「孤独」に投げ入れられてしまうからである。

 冒頭でも述べた通り、これはまさに、私たち現代人が直面している問題だと言っていいだろう。

 「自由」であるからこそ、何をすればいいのか分からず途方に暮れる。イエから解放され、地域から解放され、そして習俗から解放されたからこそ、どこに帰属することもできず孤独に苦しむ。

 これは現代人特有の苦悩のあり方である。

 この問題を、私たちはどうすれば緩和することができるだろうか。

 ジンメルはこれに、「交錯する社会圏」という答えを与えた。

 人々が、自らの関心に応じて様々な社会圏で生きられるということ。そこに、私たち現代人の孤独を緩和する道がある。

 たとえば、「『学者共和国』、つまり、国籍や個人的・特殊的関心や社会的地位などにかんしては、ありとあらゆる多様な諸集団に属している人々が、知識一般のようなもっとも一般的な目標のもとに集まっている、あのなかば観念的、なかば現実的な結合」がある。


 国や地域に縛られず、ただ自らの関心において交流し合うことのできる圏域。ジンメルはここに、社会の重要なあり方を見出している。

個人が所属する異なった圏の数は、文化の程度をはかる尺度の一つである。


6.自己限定と、多様な欲望の調和を
 
 さらにジンメルは言う。

 こうした「交錯する社会圏」を基盤に、個々人は、自らを「一面に自己限定」すると共に、「多様な欲望の調和」をはかる必要がある、と。

 実は、「一面的自己限定」も「多様な欲望の調和」も、ジンメルを受けての私の言葉である。

 ジンメルは、これをより豊かな生のための条件というより、個人の「力の節約」のために重要だという言い方をしている。しかし私としては、この2つを、より豊かな生の条件として描き直してみたいと思う。

 私たちは、この分化した社会において、その一面に自らを限定する必要がどうしてもある。あれもやりたい、これもやりたい、というわけにはどうしてもいかないからだ。

 しかし、自己限定だけではやはり疲れる。豊かに生きられているという感じがしない。

 それというのも、私たちには「多様な欲望」が存在するからだ。

 趣味の世界に生きたい、燃えるような恋をしたい、心ゆくまで遊んでみたい、人の役に立つ仕事がしたい……etc.

 できることなら、これら多様な欲望を、私たちはどれも十全に満たしたいと思う。

 それは中々難しいことだ。だから私たちは、これら諸欲望をうまく調和させる必要がある。ではその条件は何だろうか。

 その1つは、先述した「交錯する社会圏」の創造にある。

 「多様な欲望」に見合った「多様な社会圏/コミュニティ」があることが、私たちの多様な欲望を満たしたり調和したりするための条件になる。

 もう1つは、「時間」をかけるということにある。

 ジンメルは言う。

相反する諸傾向が同時にわれわれの意識を占有しようとする場合には、数えきれないほどの力の摩擦と抑制と浪費が起こるであろう。だから、自然の合目的性は、それらの傾向を別々の時期に配分することによって分化させるのである。」
 
 多様な欲望を、一息に叶えようなどとは思わない方がいい。それはかえって、それができないことへの欲求不満をためさせるだけである。

 重要なことは、自分の多様な欲望を見つめながら、それを一つ一つ、時間をかけて達成していこうとすることだ。
 
 そして最後にジンメルは言う。

 分化した社会は、個人に一面的になることを求める。社会の分肢になることを求める。

 しかし個人としては、自らの多様な欲望をより十全に叶えたいと思う。

 つまり、社会は一面的個人を求め、個人は多面的生を求めるわけだ。

 それゆえ社会構想は、常に、この両者のバランスをどうとるかという点に焦点化されることになるだろう。そうジンメルは言う。

「この限界をたえずますます拡大し、社会的および個人的課題を、この両者にとって同じ程度の分化が必要とされるというように形成していくのが、つねに文化の課題である。」



(苫野一徳)

Copyright(C) 2012 TOMANO Ittoku  All rights reserved.

ムフ、ローティ、デリダ他著『脱構築とプラグマティズム』

はじめに

 ローティプラグマティズムと、デリダ脱構築。両者は現実の民主政治に、どのように寄与しうるのか。

 本書は、ネオプラグマティズムと脱構築という、現代思想の二大巨頭が対峙したものとしてきわめて興味深い対論集である。

 しかし同時に、私の考えでは、現代思想(とりわけ脱構築をキーとするいわゆるポストモダン思想)がいかに虚しい議論を繰り広げてきたかを、十分に物語っている対論集でもある。

 ローティは言う。プラグマティズムは、「これこそが絶対の正義だ」とか「これこそが正しい政治制度である」とか言うことはない。

 ただただ、その時々の問題をプラグマティックに解決していくことのみに専心する。

 しかし脱構築は、ローティに言わせれば、この問題解決の方向性を放棄し、「確かなことは何もない」「このことは問題だ」とただ言い続けるだけである。

 このローティの指摘は、きわめて妥当なものだと私は思う。ローティのプラグマティズムにはなお不徹底なところがあると私は考えてはいるが(『自由と連帯の哲学』のページ等参照)、しかし脱構築の方法に比べれば、プラグマティズムははるかに有効だしまた原理的である(デリダのページ参照)。

 私が本書全体に感じる虚しさの理由は、一切を「ずらかし」(ヘーゲル『精神現象学』のページ参照)ていくデリダ流の脱構築主義者と、しかしそれだけでは現実社会に何の寄与もし得ないことから、一足飛びに再び何らかの超越的倫理を打ち出してしまったタイプの脱構築主義者(クリッチリー)と、そして、いずれの道も否定して、ただただプラグマティックな現実的解決の道を探ろうとするプラグマティスト(ローティ)の、噛み合わない議論にある。

 結局上記3つのいずれの道も、哲学として原理性に欠けているのだ(3つのうち軍配を上げられるのは、私の考えではプラグマティズムだが)

 私は、認識論は現象学が、社会哲学はヘーゲルが最強度の哲学を打ち出したと考えているが(いずれも現代的にもう一度編み直す必要はあるが)、現代思想はその到達点を十分理解せず、結局きわめて大きく退行することになってしまった。

脱構築もプラグマティズムも、私は現象学とヘーゲルによって止揚することが可能であると論じてきた。詳細は、拙著『どのような教育が「よい」教育か』〔講談社、2011年〕や、『なぜいま医療でメタ理論なのか』〔北大路書房、2009年〕所収の論文「現象学によるデューイ経験哲学のアポリアの克服」などを参照されたい。)

 ともあれ以下では、現代思想を代表する(政治)思想家たちの、スリリングな対論を追っていくことにしよう。


1.シャンタル・ムフ「脱構築およびプラグマティズムと民主政治」

最近の道徳哲学や政治哲学では、リベラルな制度の正統性の確保に必要な議論ばかりが強調されてきたが、それは問題の立て方を間違えていたのだ。本当の問題は、あらゆる合理的な人々や賢明な人々に受け入れられるような、自由民主主義の合理性ないし普遍性を正当化する議論をみいだすことではない。〔中略〕自由民主主義の原則への忠誠や支持を確保するために必要なのは、民主主義的なエートスを創り出すことである。」

 ロールズ以降、政治哲学の復権が果たされたと言われるが、そこで繰り広げられてきた議論は、いかにしてリベラルな制度を構想するかという点に集中していた。

 しかし本当に必要な問題は、制度をどう構想するかというよりも、むしろ民主主義的エートスをどう創り出すことができるかという点にある。

 そうムフは主張する。

 そして言う。この点においてローティは、ハーバーマスと同様、人々が最終的には民主的な「合意」を得られると想定していると。そしてそれは、民主的な社会における、人々の深刻な「対立」を軽視する結果に陥っているのだと。

 そこで彼女は、政治哲学における「脱構築」の重要性を指摘する。

今日『討議による民主主義(deliberative democracy)』として登場している多種多様な形態で『合意』が特権化されているところには、民主主義の本性についての重大な誤解が示されているとしか考えようがない。民主政治において危険にさらされているものを捉えるために、包括的な合意は確立できないことを示す脱構築のようなアプローチが基本的に重要なのはそのためである。」

 民主政治において、包括的な合意などあり得ない。そのことを、われわれはデリダの提唱した脱構築の考え方を受け入れて、十分に自覚しておく必要がある。

 そうムフは言うわけだ。


2.リチャード・ローティ「脱構築とプラグマティズムについての考察」

 以上のようにムフから批判されたローティは、この論文で、脱構築の方法そのものに疑義を唱える。

「プラグマティストたちは、『脱構築論者』から、デリダがXの可能性の条件であるYXの不可能性の条件でもあることを『証明』したと聞かされると、彼らにはそれは簡単に言える事柄を不必要な大げさな言い方をしているように思われる。」

 ローティからしてみれば、脱構築とは要するに、「これはこれである」ということを主張することは決してできないということを、ただひたすら言い続けるだけのものである。

 そうした脱構築の営みは、何ものにも巻き込まれたくないという私的目的を叶えるためには有効かも知れない。しかしそれは、公共的問題を考えるに当たっては、結局何の役にも立たないものである。

 ローティはそのように主張する。そして言う。

「急進思想やパトスは私的契機のためにとっておき、他の人々との問題の処理に当たっては、私は改良主義、プラグマティズムをとりたい。

 
3.サイモン・クリッチリー「脱構築とプラグマティズム――デリダは私的アイロニストか公的リベラルか」

 以上のローティの論考に対して、クリッチリーは、デリダは単なる私的問題にのみ応える思想家ではないことを主張する。

「私はローティの観点からみてもデリダは公的リベラルでありうること、そして脱構築が最も重要な倫理的、政治的影響を与えうることを示してみよう。」

 クリッチリーはまず、ローティが自らを指して言う、「リベラルなアイロニスト」の概念を取り上げる。

ローティにとってリベラルとは、残酷な行為こそあらゆるもののうちでも最悪だと信じている人である。」

 リベラルなアイロニストとは、

「社会正義に深い関心を寄せて残酷な行為を忌み嫌うが、正義に対する自分の関心には何らの形而上学的根拠もないことを認めている人物」

 のことである。

 要するに、残酷は避けるべきだと訴えはするが、それ以上積極的に、これこそが社会的正義であるということを、高らかに訴え絶対化しようとはしない者のことである。

 これは、ローティの「反基礎づけ主義」の帰結である。ローティ的プラグマティズムは、「これこそが絶対の正義」であるとは決して主張しない。『連帯と自由の哲学』などのページでもみたように、彼はただただ、その都度その都度「どうすればうまくいくか」を考えることのみを強調するのだ。

 しかし、とクリッチリーは言う。しかしそうは言っても、ローティは、「残酷は避けるべきだ」という一種の「基礎づけ」をしてしまっているではないか、と。

至る所に偶然性を認めアイロニーを主張するにもかかわらず、ローティは実際には、道徳的義務や政治的実践の基礎を、屈辱への人間的感覚についての基礎づけ主義的な主張や、他者の苦しみについての感受性に求めようとしているのではないだろうか。

 そして言う。いや、実はこれは「基礎づけ」なのではなく、むしろこれこそが脱構築的なのである、と。

 ここでクリッチリーは、レヴィナスを持ち出して次のように言う。

「レヴィナスの現象学的主張は、主体的経験の深部構造はつねにすでに責任の関係に組み込まれている、いやむしろ他者に対する責任の関係に組み込まれているということである。」

 要するにこういうことだ。

 われわれは、一切の正義の基礎づけを拒むべきである。なぜならそれは決定不可能なものであるから。となれば、われわれは一切が決定不可能であることを認めることで、倫理の基盤を手に入れることになる。それは、他者の決定不可能性をどこまでも受け入れること、すなわち他者に対する応答責任という倫理である。

 クリッチリーによれば、この決定不可能な他者への応答責任という倫理は、脱構築という方法の倫理的帰結である。

要するに、ここでのデリダの主張は、脱構築は正義であり、正義は決定不可能なものの「経験」であるということ、すなわち、私の解釈によれば、正義にかなうということは、人が最終的に決定することのできない、自分の認識能力を超えた何ものかである特定の他者に対する無限の責任を認めることである。

 となれば、脱構築は単なる私的なものではなく、公的問題に答えうるものだということになる。


4.リチャード・ローティ「サイモン・クリッチリーへの応答」

 以上のクリッチリーの論文に対して、ローティは次のように批判的に答える。

「目標に『記述不可能』とか『経験不可能』とか『不可知』とか『無限に隔たっている』といったラベルを貼って、何をなすべきかの捉え難さをドラマ化するのは、いい加減なごまかしのように思われる。」
 
 これは極めてまっとうな批判であると私は思う。

 正義とは決定不可能なものである、他者は理解不可能なものである、それゆえ私たちの倫理は、他者をどこまでも「迎え入れる」(レヴィナス)ものでなければならない。

 これは、確かに倫理的態度としてはとても立派なものである。

 しかし、レヴィナスの『全体性と無限』のページでも書いたが、私の考えでは、これは新たな「超越項」の設定という背理に完全に陥っている。

 他者は理解不可能だから、徹頭徹尾受け入れ尊重しなければならない、というのは、論理の飛躍である。論理的には、理解不可能だから敬して遠ざけるべきである、という理屈だって成り立ってしまう。何も、どこまでも自分を虚しくして他者を尊重する必要があるわけではない。

 (クリッチリーの理解する)脱構築は、その一切を相対化する方法のゆえに倫理を語れなくなってしまった挙げ句、再び何らかの「超越項」を置くという、背理・退行に陥ってしまったのである。

 それは結局、証明はできないがとにかく他者を絶対的に迎え入れることこそが倫理的命題であるというお題目であり、根拠薄弱な要請である。

 繰り返すが、この思想は確かに倫理的態度としては立派なものである。しかしそれはあくまで単なるお題目・要請に過ぎないのであって、それが倫理的命題であることの論証ができていないだけでなく、この倫理を可能にするための、現実的条件も明らかにされていない。(レヴィナスの倫理思想に対する批判は、『全体性と無限』のページを参照されたい)

 ともあれ、ローティも同じように、クリッチリーの考えを次のように批判している。

簡単に最後の切り札を出すのは憚られるが、クリッチリーの態度は私には――お察しの通り――形而上学的だと思われる。」
 

5.ジャック・デリダ「脱構築とプラグマティズムについての考察」


 こうして最後に、これまでの議論を受けてデリダが論じる。

 まず、ローティによって、デリダの脱構築は私的にすぎて公的な問題には対処し得ないと批判されたことに対して、デリダはそのような区別は不適切だと反論する。

「私にとって、私的なものは(個人的というのはやや混乱した概念だと思うので、個人的とは言いませんが)特異なものとか、秘められたものによって定義することはできないものです。」

 それでは、デリダの脱構築はどのように公的問題と結びつくのか。

 デリダはこれに、まじめに答えようとはしていない。デリダの論は何から何まで、私には「ずらかし」(ヘーゲル)であるように思える。

どういう場合にも、文学とは原則として何事でも発言できる権利であって、政治的であるとともに民主主義的であり哲学的でもある活動であって、哲学的なコンテクストでは抑圧されがちな問いを立てることができるのは、文学の大きな長所であります。

 要するに、文学的私的言語もまた、常に政治的領域に入り込むものだとデリダは言うわけだ。

 しかし、それがいったいどのように入り込むのかと言えば、デリダはこれに「ずらかし」の言い回しでしか答えない。

「脱構築的立場が示そうとしていることのすベては、慣習、制度、合意は安定化(長期にわることもあれば短期に終わることもある安定化)である以上、それは何か本質的に不安定で混沌としたものの安定化を意味しているということにほかなりません。したがって、安定性が自然のものではないからこそ安定化されることが必要になるのであり、安定化が必要になるのは不安定性があるからなのです。安定性が必要なのは混沌があるからです。

 安定の根底には不安定がある。

 デリダがその脱構築によって示そうとするのは、ただそれだけのことである。

 それは、このようなきわめてレトリカルな言い回しをせずとも、きわめて当たり前のことである。

 そのことをただ言い続けるだけが脱構築であるとするなら、それはいったい何の意味があると言うのか。

 本書でローティは、次のように言っている。

「クリッチリーのようなデリダ主義者と私のようなデューイ主義者との違いの一つは、デューイが『何が問題であるか』と問うことを要求するのに対して、デリダは物事を問いにさらしたがることである。」 

 これもまた、実にまっとうな言い分だと私は思う。

 デリダは、「それは確かではない」「それは問題だ」とただ言い続けるだけである。

 それに対してプラグマティズムは、それが問題であるとするなら、どのように解決できるだろうかと探ることを目指そうとする。

 デリダの脱構築が、公的問題にとって何の役にも立ち得ないといったローティの指摘は、きわめて妥当なものだと私は思う。


(苫野一徳)

Copyright(C) 2009 TOMANO Ittoku  All rights reserved.









トルストイ『国民教育論』



はじめに


Ilya Efimovich Repin (1844-1930) - Portrait of Leo Tolstoy (1887).jpg
 ロシアの大文豪トルストイが、実はその生涯の大半を教育の実践にも捧げていたということは、あまり知られていないことだろう。

 そしてその実践が、デューイなどいわゆる新教育・進歩主義教育運動の旗手が現れるより少し前に、その児童中心主義を先取りするようなものだったことは、なお知られていないことだ。

 トルストイは、自らヤスナヤ・ポリャーナ学校を創設し、当時激しい賛否両論を巻き起こした、きわめてラディカルな教育実践を行っていた。

 その教育方針は、一言でいってどこまでも「自由」

 子どもたちの自由を、どこまでも尊重する。

 子どもたちにとって何の役にも立たない古びれた知識を、ただ注入し続けるだけの国民教育。それは、子どもたちの精神をただ機械化してしまうだけだ。

 そうトルストイは訴えた。

 同じ時期、あるいはもう少し早い時期、世界に先駆けて公教育制度を確立したアメリカでも、そのような公教育を批判したエマソンらが登場していた。

 画一的な一斉教授を行う公教育の登場は、それまで教育を受けることができなかった大多数の子どもたちに、教育の機会を保障した。その意味では、社会改革史上とても重要な意味をもつものだ。

 しかしそのあまりに機械的な方法には、19世紀、エマソンやトルストイをはじめ、その後多くの批判者が現れることになる。20世紀における、児童中心主義を謳う新教育運動・進歩主義教育運動は、その一つの到達点だった。

 彼らの思想は、今読めば、それが対抗思想であるがゆえに、少しナイーブにすぎるところもあるかも知れない。

 しかし、真に人間らしい教育のあり方を目指した彼らの問題意識は、今もなお十分に生きている。

 トルストイの教育思想は、そうした新教育の登場に先駆ける、きわめて重要かつ先駆的なものだ。

 本書は、さすが大文豪の文章だけあって、読み物としても一級だ。彼の実践や、そこにおける子どもたちの姿が、とても生き生きと描かれている。読書感は、トルストイの小説を読んでいる時とほとんど変わらない。

 教育学の専門家でさえ、今日ほとんど読むことのなくなってしまった本書は、しかしこれからもずっと読み継がれていくべき「名著」だと私は思う。


1.国民教育批判

「国民は教育を欲しており、また各個人も無意識のうちに教育を渇望している。〔中略〕ところが実際にはその逆である。国民はたえず、教養のより高い階層の代表者としての社会あるいは政府が、国民を教育するために払う努力に対して反抗しており、そのためにこれらの努力は多くの場合失敗に終ってしまうのである。」

 人々は本来教育を欲しているはずなのに、国民教育は常に人々の不満と反抗の的である。

 それは一体なぜか。

 学校は人々に、上流階層にとってのみ意味を持つような、生活の役に立たない古くさい知識を、ただひたすら詰め込み続けているだけだからだ。

 トルストイはそのように主張する。

 そこで彼は、次のように言う。

一切の教育は、ただ生活によって呼び起される問題に対する解答でなければならない。」

 にもかかわらず、学校は子どもたちに、トルストイが言うところの「学校の精神」すなわち「機械化された精神」を注入することばかりに専心している。

「私が学校式の精神状態と名づけ、また不幸にしてわれわれすべてによく知られているその奇怪な心理状態とは次のことである。すなわち想像、創造、判断のような高尚な能力が、他の低級な、なかば動物的な能力に譲歩していることである。たとえば想像と関係なく音響を発したり、機械的に、一、二、三、四、五と順次に数をかぞえたり、何らかの形象を描こうとする想像に余地を与えずに、言葉だけをうのみにしたりする低級な能力、一言にしていえば、学校の状態と合致するもの、すなわち、恐怖や記憶力と注意力の緊張だけを発達させるために、一切の高倍な能力を圧倒してしまう能力に席をゆずっている状態である。」

 旧態依然とした教育をやめよ。それは常に、新たな生活課題に答えうる実験でもなければならない。そうトルストイは言う。

われわれの考えるところでは、学校というものは教育機関であると同時に、つねに新しい結論を与えてくれる若い世代に対する実験でもあらねばならない。」


2.教育学の役割

 そのような学校教育を構想するために、教育学はどのようなものであるべきか。トルストイは言う。

「われわれは教育および養育が何であるべきかを知らないし、また教育哲学などは全然認めない。なぜならば、人間は何を知るべきかということを人間が知る可能性を認めないからである。〔中略〕教育学の任務は、ある人々が他の人々に与えるこの作用の法則を探し出すことにのみ存するのである。」

 教育は、何か絶対的な目的・ゴールを目指して行われるようなものではない。なぜならそれは、常に生活に即したものでなければならないからだ。

 にもかかわらず、これまでの教育哲学は、「これこそが教育によって作られるべき人間像である」「これこそが教育によって授けられるべき絶対的知識である」ということを主張し続けてきた。

 しかし、いったいわれわれはどのように、絶対に正しい人間像、絶対に教えられるべき知識などを、決定してしまうことができるだろうか。

 そんなものはどこにもない。そうトルストイは主張する。

 後のデューイが鮮明に打ち出したこの教育の絶対目的の相対化を、トルストイは一足早く明言していた。

 では教育はどうあればよいか。トルストイは言う。


教育の唯一の方法は経験であり、その唯一の基準は自由であるということがわれわれの根本的確信である。



3.ヤスナヤ・ポリャーナ学校について

 トルストイが故郷に創設したヤスナヤ・ポリャーナ学校。ここではきわめて「自由」な教育が行われていた。

「生徒たちは単に何も携行しないというばかりでなく、彼らは頭の中にも、何一つもってゆく必要がない。というのは、彼らは昨日習った学科を、今日記憶してくる義務がないからだ。これから習う学科の予習で頭を悩ます必要もない。生徒はただ自分自身と、その感受性の豊かな天性と、今日も学校では昨日と同様に楽しいに違いないという確信だけをもっているだけである。」

 ヤスナヤ・ポリャーナでは、現代イギリスのサマーヒル・スクールや、アメリカのサドベリーバレー・スクールなど、今日の「自由」な学校ととても親和性のある教育が行われていた。

 実際、サドベリーバレーの創設者ダニエル・グリーンバーグは、その著『世界一素敵な学校』の中で、本書におけるトルストイの次の言葉に言及している。 

「私がおそらく不明瞭に拙劣に、説得力のない表現をもって述べたこの思想は、百年たっても一般的に承認されるかどうかあやしいものである。また百年たっても、従来の教育機関すなわち小学校や中学校や大学校が消滅して、学生の自由を基礎とした自由に形成された教育機関が発展するかどうか疑わしいものである。

 そしてグリーンバーグは、トルストイのこの言葉から100年後、自分たちは完全に自由な学校、「サドベリーバレー」を作ったのだ、と言う。


4.教師について

 本書では、とても興味深い教師論もまた描かれている。

「子供たちが掴み合いを始めるやいなや、教師が彼らを引き離しに飛んでくるが、引き離された敵同志は、互に睨み合い、恐ろしい教師の面前でさえ自制せず、以前より烈しく争い合うのを、私は何度も見る機会を得た。

 子どもたちの喧嘩に割って入り、無理矢理に仲裁する教師たち。そこで、どちらも悪いと言ったり、無理に謝らせたり、さらには互いに接吻さえさせる教師たち。

 しかしトルストイは言う。それは実は最悪のことなのだ、と。

 思う存分に喧嘩をさせてもらえなかった子どもたちは、かえって互いに恨みを募らせることになる。

 しかしもし存分に喧嘩をさせたなら、子どもたちは、どこかで互いがこれ以上傷つき合わないような地点を見出そうとする。そして周囲の子どもたちもまた、二人に何らかの形でかかわり喧嘩を収束させようとする。

 教師の早計な仲裁は、そうした子どもたちの自発性を黙らせてしまうのだ。

 とても見事な洞察だと思う。


5.養育と教育

 本書でトルストイは、養育教育を次のように峻別する。

「養育とは強制的教育のことであり、教育は本来自由である。

 ここで養育と訳されている言葉は、トルストイにとっても外国語であるドイツ語のErziehungだが、トルストイのイメージでは、これは子どもたちを鋳型にはめることである。

養育はある人間が他の人間を彼自身と同じような人間につくり上げようとする志向である」


 そして言う。

「養育の権利などというものは存在しない。

 子どもの教育は、どこまでも子どもの自由を尊重するものでなければならない。子どもたちをある価値観の中に閉じ込めていこうとする養育の権利など、誰ももってはいないのだ。

 しかしなぜ、人々は養育などというばかげたことをしてしまうのだろう。

 トルストイは言う。

 それは、の欲求、宗教の欲求、の欲求、そして社会の欲求があるからだ。

 これらのうち、親、宗教、国の欲求については、まだ百歩譲って認めるとしよう。

 しかし社会の欲求については、断じて認めることができない。そうトルストイは言う。

 それは、ある上流社会の人々が、自分たちに都合のいい子どもたちを作ろうという欲求であるからだ。トルストイは繰り返し言う。そんな権利など、誰も持っていないのだ、と。

 ではこの有害な養育を、学校はいかにして排除することができるだろうか。

 トルストイは言う。
 
「養育事業に対する学校の不干渉とは、学校が被教育者の信仰、信念および性格の形成に干渉しないことを意味する。」

「学校はただ一つの目的をもつべきである。信念、信仰および性格の道徳的領域に立ち入ろうとせずに、知識(instruction)の伝達を目的とすべきである。

 要するに、学校は「知育」に限定すべきなのである。

 かつてコンドルセによって述べられた公教育論を、トルストイもまたこのように繰り返す(コンドルセ『公教育の原理』のページ参照)。

 以上、本書は、新教育運動進歩主義教育運動と言われたいわゆる児童中心主義思想が本格的に現れてくる前に、いち早く学校教育の弊害を見抜きそのオルタナティブを提示した、すぐれた洞察力に満ちた名著であると私は思う。

 冒頭でも述べたように、学校教育は、すべての子どもたちに教育の機会を保障したという意味においては、非常に重大な発明だった。

 しかしその方法は、これまであまりに画一的にすぎた。

 その問題を、私たちはいかに克服していくことができるだろうか。

 これは、現代なお私たちが問い続けていくべき課題である。


(苫野一徳)

Copyright(C) 2009 TOMANO Ittoku  All rights reserved.