ブリュル『未開社会の思惟』


はじめに

Lucien Lévy-Bruhl フランスの文化人類学者、リュシアン・レヴィ=ブリュル(1857〜1939)。

 本書で彼は、いわゆる「未開人」の思考パターンを描き出す。

 ひと言でいえば、それは「融即の法則」に基づいた思考であるとブリュルはいう。


 「融即の法則」、それは何もかもを同一視する思考、何もかもに因果関係を見出す思考である。

 もっとも、このいい方はやや雑駁にすぎる印象も拭えない。

 実際、のちにレヴィ=ストロースはブリュルを批判し、未開人独特の強靭な論理的思考を「野生の思考」として描き出すことになる(レヴィ=ストロース『野生の思考』のページ参照)。

 とはいえ、あらゆる人類が同じような考え方・感じ方をするにちがいないと信じられていた当時にあって、ブリュルが未開社会独自の思考様式を描き出したことには、大きな意義があったというべきだろう。

 ちなみに、ブリュルは本書で、この「融即の法則」からいわゆる「科学的思考」へと人間社会が跛行的に進歩してきたことを述べてはいるが、なぜ、どのような条件でそのような思考の展開が起こったのかについてはまったく触れていない。

 おそらく、その背景には狩猟採集社会から定住・農耕・蓄財社会への移行、そして普遍的な戦争状態や、強大な支配社会の登場などがあったであろう。

 人間の思考様式と社会構造との関係性について、より深い探究が必要だろうと思う。


1.集団表象の研究

 本書冒頭において、ブリュルは、未開社会を知るためには「個人」の心性ではなく「集団表象」を研究しなければならないという。

 集団表象とは、その集団が持っている世界観のことである。

 わたしたちは、未開社会の人びとも、基本的にはわたしたちと同じような物の見方をすると考えがちだ。

 しかしそれは全くの誤りであるとブリュルはいう。

「集団表象はそれ自身の諸法則を持ち、該諸則は、特に原始人に関係する場合、文明国の白人成年者の個人の研究からは発見できない。」

 もちろん、未開人もわたしたちと同じような視覚、聴覚、嗅覚、体感覚などを持ってはいる。

 しかしその感覚が受け取ったものの解釈の仕方は、わたしたちのものとは異なっている。

 彼らは、彼らの社会の世界観に基づいて世界を解釈しているのだ。(この点については、ブリュルも本書で言及しているデュルケームの書『宗教生活の原初形態』のページを参照のこと。)

 そこで本書の課題は次のように述べられる。

「私が本書で試論或は序説の意味で試みようとしていることは劣等社会、就中我々が知る限りで最も低い社会で集団表象を規制する最も一般的な諸法則の予備的研究である。」


2.神秘的世界

 まず、ブリュルは未開人の世界観は全般的に「神秘的」なものであるという。

 たとえば、そこに生物と無生物の区別はあまりない。

「存在するすべてのものが神秘的な作用力を具えて居り、この作用力が我々の五感によって知られる属性よりもその性質上はるかに重要であるので、生物と無生物との区別は原始人の心性にとっては我々の心性ほどの関心性を持ってはいない。」   

 ブリュルは、こうした「神秘的」世界観の例をたくさん挙げる。

 たとえば、「肖像」は彼らにとって生物と同じような実在物である。

 人や村の「名前」もまた、きわめて重要な実在的意味を持っている。

 「影」もまた、その持ち主と同じ存在意義を持っている。

「フィジ島では、同じ発達段階の社会の大部分に於けると同じく、他人の影の上を歩くことは、致命的な侮辱である。西部アフリカでは、人の影に小刀または針を刺すことによる殺人が時々行われる。もしその現行中を抑えられた場合には、犯人は即刻死刑に処される。」    

 「夢」もまた、彼らにとってはひとつの現実である。

「彼等は夢に覚醒時の知覚と同じく確実な現在知覚を見ている。しかし彼等にとって、それは就中未来の与件、精、霊、神との交通、その個人的な護神と接し、それを見出す手段でさえもある。彼等が、夢を通じて知ったことの実在性については、全幅の信頼を持っている。」    


3.融即の法則

 以上のような「神秘的」世界観を貫く法則を、ブリュルは本書で「融即の法則」と名づける。

 たとえば、北部ブラジルのボロロ族は、自分たちは金剛いんこであると誇っている。

 これについてブリュルは以下のように述べる。

「これは単に、死んでから彼等が金剛いんこになるとか、金剛いんこを変形したボロロ人として扱わねばならぬとかいうだけを意味するのではない。〔中略〕彼等がそれによって意味させようとしているのは、本質上の同一性である。」    

 こうした思考を、ブリュルは神秘的であると同時に「前論理的」と呼ぶ。


4.前論理的思考の諸特徴

 前論理的思考の特徴を、ブリュルは本書でいくつも描き出す。

 たとえば、彼らは「記憶力」にはすぐれているが「計算」はできない。

 数を数える時も、1、2、3、4、5...とはじめは数えられるが、数が増えるにつれて理解ができなくなる。

 狩りに行く際、彼は獲物に前もって呪いをかける。

 狩りの最中には、獲物の種の名前を呼んではならないといったいくつもの「タブー」がある。

 獲物を取り囲んだ時は、煙草の煙を吐き出して獲物との間にある神秘的空間を作る。

 獲物を仕留めた後は、その霊の復讐を怖れて、あるいはその霊を弔うための儀式を行う。

 病気は呪術によるものとされ、巫医や呪術師が取り除く。

 死もまた呪術による殺人である。

 以上のような前論理的思考の特徴を、ブリュルは次のようにいう。

「論理学者が「これの後で、したがってこれのために」という詭弁の名で指していることはこの融即を考え浮べるのに或る助けにはなろう。夏、大きい彗星が現われた年の秋、例外的なブ葡萄の収穫がある。皆既日蝕の後、戦争が勃発する。既に高等な型の社会の心性でさえも、かかる前後関係は偶然の符合ではないのである。時に於ける事件の相互関係は直接の継起に於けるだけではない。明瞭な分析とは相容れない一つの関係が、葡萄酒と彗星とを、また戦争と日蝕とを結びつけるのである。ここに、我々が融即と呼んで来たものの鮮かな遺物がある。しかし、全く劣等な型の社会の心性は偶然関係を認めない。その表象中に形成されるすべての関係に紳秘的意味を与えるこの心性は、「その後、したがってそのため」と云うと同じく容易に、「それの傍、だからそれのため」と云うのである。空間的の隣り合わせは時間の隣り合わせと同じく融即である。」    

 未開人は、時間的・空間的に隣合わさる事柄の一切を、因果関係として認識するのだ。


5.神話=集団的連帯感を保障する機能

 以上から、ブリュルは神話の機能について次のような仮説を述べる。

社会集団に対する個人の融即が未だ直接に感ぜられるところ、囲繞集団に対するそ集団の融即現実に生活されているところ――即ち、神的共存の段階がつづいている限――では、神話は数に於て乏しく、質に於て貧弱である。オーストラリア土人、及び北中央ブジルの土族等々の場合がそれである。集団が多少進歩した型をとると、例えばツニ族、ロコイ、メラネシア土族及びその他の諸族では、これに反して、神は次に豊富に咲き揃いつつあるのが見られる。しからば、神話はまた、直接なものとして感ぜられなくなった融即を実現しようと努めるとき、融即がもはや生活されない同体感を保証すため仲介用の運搬物に頼りはじめたとき、現われる原始心性の産物であろうか。

「一言で云えば、原始心性にとって、神話は社会集団の、その過去との、また囲繞存在の諸集団との連帯感の表現であり、この連帯感を支持し、再生させる手段である。」

 神話が発展するのは、これまでに述べてきた「融即の法則」がやや薄れ始めた社会においてである。

 それゆえ社会は、社会の連帯感を維持するために、「融即の法則」に基づいた神話を作り出したのではないか。そうブリュルはいう。


5.上級型への過渡

 社会が進歩するにつれ、前論理的・神秘的な融即の法則に基づいた認識は薄らいでいく。

 代わりに進歩するのが、抽象的一般観念に基づく合理的推論、つまり「科学的」論理である。

 とはいっても、それはきわめて跛行的な進みゆきである。

「劣等社会の心性は、経験の教えを多少とも受けるようになってからでさえ、長い間前論理的であり、その表象の大部は神秘性の痕跡を残している。」    

 その証拠に、中国やインドでは、あれほど文明が発達したにもかかわらず科学はほとんど発展しなかった。

 それは、その社会の「集団表象」が、いまだ前論理的なものにとどまったからだろうとブリュルは述べる。


6.融即の法則は消滅しない

 本書の最後に、ブリュルは、どれだけ社会が進歩しても、未開社会から受けついできた融即の法則が消えることはないだろうという。

 その証拠に、われわれの学の歴史には、これまでつねに主知主義に対する反主知主義からの攻撃があった。

「こんな学説は定期的に現われるもので、現われる度毎に新たな歓迎を見出す。これはそれが、純粋実証的科学乃至は哲学が到達しようと自負し得ないものを約束するからである。それは直感、相互浸透により、主体と客体との相互的同体感により、一語にして云えばプロチヌスが無我境という名で示している、十全な融即によって行われる本質との直接な密接な接触である。」
 
 要するに、主知主義(科学的思考)と反主知主義(融即的思考)は、人間の持つ2つのまったく異なった思考パターンなのである。

 そして、にもかかわらず、これらは時代を超えてつねに共存してきた。

 ブリュルはいう。

「我々の社会にあってさえ、融即の法則に支配される表象と表象連繋とは消え去るどころではない。それらは、多少損われてはいるが未だ根絶されずに、多少独立して、推理の法則と相並んで存在している。本来の理解は論理的統一に傾き、その必要を宣言している。しかし実際では、我々の精神活動は合理的であると共に不合理である。前論理的なるもの及び神秘的なるものは論理的なるものと共存している。」    


(苫野一徳)


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デュルケーム『宗教生活の原初形態』(2)


1.霊魂

 霊魂の集合的な表象(イメージ)をもたない社会はない。

 日本だと、それは白くて寒々しくて足がないもの、となるだろう。

 デュルケームによれば、霊はそもそも、トーテム的原理が分割されてできた観念である。

 人は、自分の中にトーテム的存在がいることを信じている。

 それが霊のイメージへとつながるのは、あとほんの一歩のことである。

「彼のうちには、彼がそのうちに彼自身を認めるにとどまらず、これを動物または草木の種として表現する、もう一つの存在が住みついているに違いないのである。この写しこそが霊魂にほかならないことは明瞭である。」

 と考えると、さまざまな社会に見られる霊魂不滅説は、現世の苦悩から逃れるために作り出されたものではないことが分かる。

 またしても、これは社会的・集合的観念というべきものなのだ。

 マナにおいてあらゆるものがつながり合った原始社会では、個人の命や苦悩など大したものではない。重要なのは、この全体性の中において、自らの氏族が永続することなのだ。

「霊魂不滅の信念は、当時、人類が自己の注意を促さずにいなかった一事実を、自らに説明するための唯一の様式であった。それは集団の生命の永続性である。個人は死ぬが、しかし、氏族は残存する。」

 こうしてデュルケームは、宗教的信念は、個人の宗教的心情から出てくるものではないという。

 それは社会によって生み出されるものなのだ。

「宗教または科学がわれわれの精神に刻む一般観念、これらの観念が想定する心性的動作、われわれの道徳的生活の根柢にある信念や感情、これらの心性的活動の高級な形態は、すべて、社会がわれわれのうちによび起し発生させるもので、われわれの感官や体感的状態のように身体に盲従するものではない。」


2.精霊

 霊魂が肉体内にとらわれており、その死とともにようやく自由になれる存在であるのに対して、精霊はより広範囲に自由に動き、またある程度明確な役割をもった存在である。

 祖先の霊魂が精霊として崇められることもある。

 このような精霊の観念が生まれると、そこから神話的英雄の観念が登場するまではあと一歩である。

「ひとたび精霊観念が構成されると、この観念は、当然、宗教生活のより高い範囲に拡大し、こうして、高級な神話的人物が発生したのである。」

 さらに、いくつかの未開部族には最高神の観念さえ登場している。

 その特徴は、この観念が一部族におさまることなく、周辺の部族へも伝播することにある。

「これらの最高神のおのおのの権威は個々の部族に限定されていない。そうではなくて、近隣の多数の部族によっても同等に認められている。」

 それゆえデュルケームは次のようにいう。

「したがって、宗教的国際主義は、きわめて最近のもっとも進んだ諸宗教の特殊性ではけっしてない。歴史の発端から、宗教的信念は、狭く限定された政治社会内に閉じ込められないような傾向を明示していた。宗教的信念のうちには、境界を超えて弘布し、国際化しようとする本然的な性向に似たものがあるのである。」


3.消極的礼拝

 続いてデュルケームは、原始宗教の儀礼について考察する。

 まず彼が論じるのは、「消極的儀礼」と呼ばれるものだ。

 端的には、これはさまざまなタブーを意味する。

 タブーには、接触や食にかんする次のようなものがある。

「何にもまして、そこには接触の諸禁忌がある。すなわち、これらは初歩のタブーであって、他のそれはこれらの特殊な変相にすぎない。これらは、俗は聖に触れてはならない、という原理によっている。すでに、われわれは、チュリンガやブル・ローラーが、どんな場合でも、未成年者によって取り扱われてならないことをみた。成人がこれらを自由に使っているのは、成年式が彼らに聖なる特質を交付したからである。」

「格別に内密な接触は、食物の嚥下から結果するそれである。ここから、聖なる動物や植物、ことにトーテムに用いられるものを食べることの禁忌が出てくる。」

「聖物の外に、同じ特質をもつ語や音がある。すなわち、これらは、俗人の口にのぼっても、彼らの耳朶を打ってもならないのである。婦女が聴けば、死刑に処せられねばならぬ儀礼上の歌がある。彼女たちは、ブル・ローラーの音を聴くことはできるが、ただ遠くからである。」

 要するに、これらは聖なるものにかんするさまざまな禁忌なのである。


4.積極的儀礼

 次に「積極的儀礼」について見ていこう。

 端的には、これはイニシエーション供犠などをさす。

 たとえば、氏族の「男」として認められるために、新入者は次のような儀礼を経なければならない。

「彼は、今まで自身がいた社会から、また、ほとんどあらゆる人間社会から隠退しなければならない。彼は婦女や未成年者を見ることを禁じられているだけではない。彼は、仲間を離れて、彼の教父となる数名の古老の指導のもとで、密林に生活しに去るのである。〔中略〕このときは、彼にとっては、あらゆる種類の禁戒の時期である。彼は多数の食物を禁じられる。生命を維持するために不可欠なぎりぎりの栄養量しか許されない。しばしば過激な断食を強制されさえする。〔中略〕慰みはすべて禁止されている。身体を洗ってもならない。ときとしては、身動きもしてはならない。じっとして、衣類を何も纏わないで、地上に寝たままである。」

 供犠にかんしては、アルンタ族のインティチユマが有名だ。

 インティチユマが行なわれるのは、基本的には季節によっている。乾期から雨期へとよい季節が近づくと思われるときに、インティチユマは執行されるのだ。

「酋長が決定した日に、トーテム集団の全員は、主キャンプに集合する。他のトーテムの人々は、少し離れたところに引き下る。」

「そのトーテムの人々は、ひとたび集まると、キャンプには二、三人だけを残しておいて、行進を始める。武器ももたず、平生の装飾も一切なしに、素裸で、彼らは深い沈黙のうちに相ついで進む。」

「彼らは石英の大塊が地中に沈み込んで、周囲には丸い小石のある場所に着く。この塊は、青年期にあるウィチェティ青虫を、表象している。アラトゥンジャが、これをアプマラと呼ばれている小さい木製の一種の飼桶で打つ。それと同時に、動物に卵を生ませる目的で、彼は歌を唄う。彼は、また、動物の卵を象った石にも同じことをする。そして、石の一つで出席者のおのおのの胃を撫でる。これが終ると、彼らは、みな、少し下の方の岩のところに降りる。この岩も、同じく、アルチェリンガの神話のうちで祝われ、この岩の基いには、これもまた、ウィチェティ青虫を表象する他の石が見出される。アラトゥンジャは、自らのアプマラでこの石を叩く。彼に従ってきた人々は、途中で折ってきたゴム樹の枝で、同じように叩く。さきに、その動物に向けた招きを更新する唄のただ中で。」

 すぐに分かるように、これは繁殖・豊饒の儀礼である。

「この儀礼の意味は明瞭である。アラトゥンジャが聖石を叩くのは、塵を掃うためである。このきわめて聖なる塵の細粒は、生命の萌芽である、とみなされている。」

 このあと人びとは共に食事をとることになるのだが、これはきわめて初歩的な宗教的儀礼の1つである。

 それは、同じ氏族の者同士におけるコンミュニオン(交霊)の儀式なのだ。

 供犠は、このコンミュニオンに加えて「献納」をもう1つの本質としている。
 神へ供物を捧げることで、神が滅びないようにするのだ。

「生きていくためには、宇宙的生活が継続すること、ひいては、神々が死なないことが必要である。したがって、人は、それらを支持し、援助しようとした。」


5.社会的要請としての儀礼

 さて、しかしより本質的にいって、宗教的儀礼は上のような「物理的効果」を狙ってはじまったものではない。

 未開部族の人びとは、儀礼を行う理由として、しばしば「先祖によって定められているから」と答えることがある。

 つまり、「儀礼は何にもまして社会的集団が周期的に自己を再確認する手段」なのである。

 このような集団の自己再確認としての儀礼が、やがてトーテムの発見と結びついてその繁殖を祈るものとしての意味をもつようになった。デュルケームはそのようにいう。

「動物と人との密接な連帯がひとたび認められると、トーテム種の正規な繁殖を確保する必要が強く感じられて、人はこの繁殖を礼拝の主要な目的とするのである。こうして、これらの模倣的行事は、起源においては、いうまでもなく、道徳的目的しかもたなかったが、功利的な物質的な目的に従属するようになる。そして、欲する結果を産出するための手段と考えられる。」


6.贖罪的儀礼

 このことは、「贖罪的儀礼」について見ればより理解を深めることができる。

 たとえば、喪に服することは社会的な義務である。この儀礼に、私たちは霊魂の概念を認める必要はない。

 オーストラリアのワーラムンガ族は、親類が亡くなった時次のような行動に出る。

「男も女もまったくの狂愚に捉われて、駆け廻り、身悶えをして、庖刀や鋭利な棒で傷を作った。誰もがその打撃を逃れようとはせず、女たちは擲り合った。ついに、一時間の後、行列が、松明の光の下で、平原を越えて、屍体がその木枝におかれるはずの木に着くまで、繰り出された。」

「女たちはとくに苛酷な義務を負っている。彼女たちは、髪を切り、パイプ白土を全身に塗りつけねばならない。その上、彼女たちは絶対的な沈黙を二カ年も続けることのある服喪期を課せられる。」

 これについてデュルケームは次のようにいう。

「一つの基本的事実は疑う余地がない。すなわち、喪は個人的情緒の自発的な表現ではない、ということである。親縁者が、泣き、歎き、傷つけ合うにしても、それは、彼らが近親の死によって自ら害われたと感じているからではない。〔中略〕それは、集団から課せられた義務である。ただ、悲しいから歎くのではなくて、歎かねばならないからである。」

 やはり儀礼は、社会がその自己再確認をするためのものなのだ。


7.結論

 こうして、デュルケームは本書の結論を次のように述べる。

「宗教が表明する集合的理想は、個人の何か知らぬ内在的な力能に帰因しているところではない、むしろ、個人が理想化を学んだのは、集合生活の学窓においてである。個人が理想を認識しうるようになったのは、社会の磨きあげた諸理想に同化することを通じてである。社会こそが、自らの活動圏に個人を誘い入れて、彼に経験世界の上に高翔する欲求を習得させ、それと同時に、もう一つの世界を認識する手段を提供したのである。」

 要するに、人間は徹頭徹尾、社会の中で、社会の価値観において世界を見ているということだ。それゆえデュルケームはいう。

「われわれは、今や、宗教を純然たる個人的な事物としようと欲した過激な個人主義の価値を評価できるのである。すなわち、それは宗教生活の基本的条件を誤解しているのである。〔中略〕われわれが道徳的に温まれる唯一の熱源は、われわれの仲間の社会が形成しているそれである。われわれを扶養し増殖できる唯一の道徳力は、他人が貸してくれるそれである。」

「信念は、分有されるときにのみ、活動的である。われわれは、信念を、まったく個人的な努力によって、しばらくは、維持することができる。しかし、信念が生まれるのも、得られるのも、このようにしてではない。」

 私たちに(宗教的・道徳的)信念をもたらすのは、徹頭徹尾社会なのである。

(苫野一徳)


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デュルケーム『宗教生活の原初形態』(1)



はじめに

 デュルケーム宗教社会学の大著。

 宗教とは何か? それはなぜ、どのように始まったのか?

 未開部族の宗教を手がかりに、デュルケームはこの問いに挑む。

 人間にとって、宗教とは、そして社会に生きるとはどういうことか、深く考えさせてくれる名著だ。


1.宗教とは何か?

 本書のはじめに、デュルケームはまず宗教の本質を明らかにすることを試みる。

 まずデュルケームは、それは「超自然的」なものではないという。

 むしろそれは、「自然法則」を理解しようとするものである。

 つまり宗教は、科学以前に、世界の成り立ちを合法則的に説明しようとした営みだったのだ。

 続いてデュルケームは、宗教は「神」の概念を必ずしも含む必要のないものだと述べる。

 仏教やジャイナ教を見れば、そのことは一目瞭然だ。

 では宗教の本質とはいったい何なのか? デュルケームは言う。

「世界を一つはあらゆる聖なるもの、他はあらゆる俗なるものを含む二領域に区別すること、これが宗教思想の著しい特徴である。」
  
 つまり宗教とは、「聖」「俗」の区分に対する「信念」と「儀礼」の体系なのだ。

「宗教現象は、当然に、二つの基本的範疇すなわち信念と儀礼とに配列される。」

 これはきわめてすぐれた洞察といえるだろう。

 では、聖なるもの、俗なるものとはいったい何か? デュルケームはいう。

「聖物とは、禁止が保護し孤立させる物である。俗物とは、この禁止の適用された聖物から離れたままでいなければならない物である。」

 さらにデュルケームはいう。

「歴史には教会の無い宗教は存しない。」

 つまり宗教とは、すぐれて集団的・社会的な本質を持つものなのだ。

 こうして、デュルケームは宗教を次のように定義する。

「宗教とは、神聖すなわち分離され禁止された事物と関連する信念と行事との連帯的な体系、教会と呼ばれる同じ道徳的共同社会にこれに帰依するすべての者を結合させる信念と行事である。」


2.アニミズム論批判

 宗教がどのようにしてはじまったのかという説には、大きくアニミズムナチュリズムの2つがある。

 本書でデュルケームは、そのどちらの説も批判する。

 まずアニミズムについて、デュルケームは次のようにいう。

 アニミズムとは、世界のいたるところに目に見えない精霊を認めるものである。

 この説の主唱者タイラーは、アニミズムのはじまりは死者や祖先の霊崇拝にあったという。

 これに対し、デュルケームはまず次のような事実によってこの説を批判する。

「事実はむしろこれに反する。祖先崇拝は中国、エジプトおよびギリシャやラテンの諸都市などの進歩した社会にしか発達せず、特色ある形態をとりもしない。これに反し、後に述べるように、知られているかぎりでもっとも下級で単純な社会組織の形態を現わしているオーストラリア社会には欠如しているのである。」

 さらにデュルケームは、アニミズムはつまるところ夢のような実体のないものを崇拝するものであり、人類がそのような幻想から宗教を作り出すはずがないという。

「諸民族が、あらゆるときに赴き、生きるに必須なエネルギーを汲んだ宗教のような観念体系が、幻想の織合せにすぎない、とは認め難い。」

 のちに見るように、デュルケームの考えでは、宗教とは社会的な「実体」をもつものなのだ。


3.ナチュリズム批判

 続いて、デュルケームによるナチュリズム批判を見てみよう。

 目に見えない精霊を崇めるアニミズムとはちがって、ナチュリズムは目に見える月や太陽、動物、植物などを崇めるものである。

 ナチュリズムの主唱者たちは、宗教のはじまりはこのような自然崇拝であって、アニミズムはそこから派生したのだと考える。

 しかしデュルケームは、ただの自然崇拝は宗教とはいえないという。

「宗教は、これらの自然力が抽象的形態で精神に表象されるのをやめたときに、始めて真に構成されるのである。これらの自然力が人格者・生きた考える存在・霊的威力または神々に変形しなければならない。」

 さらにデュルケームは、そもそも原始人は、自然に圧倒されることなどないという。

「彼らはけっして宇宙の力が自己の力よりも秀でているとは意識しない。科学によってまだ節度を教えられていないので、彼らは事物に対する支配権を自己に帰する。〔中略〕すでに述べたように、彼らは自然界の基本要素を思いのままにし、風を激しくし、雨の降るのを強い、身振りで太陽を止めうるなどと信じている。」


3.トーテム信仰

 こうしてデュルケームは、ナチュリズムでもアニミズムでもない宗教の原初形態の探究を開始する。

 考察の対象とされるのはトーテミズムだ。

 オーストラリアをはじめとする原始社会の氏族は、自分たちをたとえばカンガルー族であると考える。この場合、カンガルーがトーテムとされているのだ。

 トーテムとされる動植物を、人びとは食べてはならないとされる(ただし特別な儀式などの時には食べる)。

 また、彼らはそのトーテムの画像をさまざまな聖物に刻む。

「チュリンガ」の画像検索結果 有名なのはチュリンガだろう。(右写真)

 ここで重要なのは、このチュリンガなどトーテム画像を刻まれた聖物は、トーテムそのものよりも聖なるものとされるということだ。

 したがって、トーテミズムは動物崇拝とは区別される必要がある。

 そもそも、トーテム動植物は氏族の同胞、家族と考えられているのだ。

 ところで、氏族のトーテムに加えて、部族によっては個人トーテムと性的トーテムというものもある。

 個人トーテムは、氏族のトーテムとは別に、個人の守り神とされるものである。

 たとえば鷲を個人トーテムとする者には、未来を予見する目が与えられると考えられている。

 氏族トーテムが歴史的に決定されたものであるのに対して、個人トーテムは個人の選択によって決定されるという特徴がある。

 性的トーテムは、氏族(集合的)トーテムの一種と考えられるもので、たとえばクルナイ族では、男子はすべてエミュ紅雀の兄弟であり、女子はみな美しい頬白の姉妹であるとされている。


4.マナ

 さて、このトーテミズムは、いったいどのような宇宙観に基づいた宗教なのだろうか?

 デュルケームはいう。

「トーテミズムは、某の動物、あるいは某の人間、もしくは画像の宗教ではない。これらの存在のいずれにも見出されるが、それにもかかわらず、そのいずれとも混淆されない一種の匿名の非人格的な力の宗教である。これをすべて所有しているものはなく、また、すべてがこれを分有しているのである。」

「すなわち、トーテムとは、この非物質的な本体、このあらゆる種類の異質的存在を通じて伝播しているエネルギーの想像に再現される物質的形態にすぎないのである。これだけが礼拝の真の対象である。」

 つまり未開部族の人びとは、ポリネシアやメラネシアの言葉でいう「マナ」がこの世界に行き渡っていると考えるのだ。

 これについて、デュルケームは、世界にあまねく存在するこの「力」の観念こそ、科学の精神の萌芽であったという。

「力の観念は宗教的起源のものである。宗教からこの観念をまず哲学が、ついで諸科学が借りたのである。」


5.社会的な聖と俗

 ところで、聖と俗の観念を、人はいったいどのように得たのだろうか?

 デュルケームは、それはきわめて社会的な観念であるという。

 社会は個人に対して圧倒的な力を持っている。

「われわれは自分が造ったのではない言語を話す。自分が発明したのではない器具を用いる。自分が制定したのではない法を援用する。認識の財宝はこれを蓄積したのではない各世代へ伝達される、等々である。われわれはこれらのいろいろな文明の財貨を社会に負うているのである。しかも、どのような源泉からこれらを得てきたかを一般的には知らないが、少なくとも、われわれの作品でないことだけは明瞭である。」

 とはいえ、その力は、「聖なるもの」にまで昇華されないかぎり本領を発揮しえない。

「これらの事物が通俗の経験に現われるままの経験的特質にとどまるかぎり、宗教的想像がこれらを激変させないかぎり、われわれはこれらの事物に対して尊敬に類する何ものをももたないし、また、そこには、われわれをわれわれ自身の彼方に高めるのに必要な何ものもない。」

 そこで、社会は「聖」と「俗」との区分を作り出すことになる。

「俗」とは、端的にいって「労働」の世界のことである。

 対する「聖」は、集団的狂騒、すなわちコロボリーのことである。

「前者では、経済的活動が主宰していて、一般に、その強度はきわめて凡庸である。〔中略〕ところが、コロボリーが行なわれるとすべてが変ってしまう。原始人は、情緒的な機能が自らの理性や意志の制御に不完全にしか服従していないので、容易に自制心を失う。」

「そのような経験がことに数週間を通じて毎日反復されるとき、それは、実際に、双方の間には比較のできないこつの異質の世界がある、という確信を彼にとどめないであろうか。一つは、彼が物憂くも日常生活を送っている世界である。これに反し、もう一つの世界には、狂愚の状態にまで彼を興奮させる異常な威力と同時に関係しない限り、参入できないのである。前者は、俗の世界であり、後者は、聖なる事物の世界である。」

 こうして作り出された社会的聖と俗から、宗教的観念は登場したのだ。デュルケームはそのようにいう。


「したがって、宗教的観念が生まれたと思われるのは、この激昂した社会的環境における、この激昂そのものからである。」

 宗教は苦悩や恐怖から生まれたと時にいわれるが、以上からそれは大きな間違いだということになる。

「原始人は、その神々を、自らあらゆる価値を払ってもその好意と妥協しなければならない外者・敵者・根本的にまた必然的に悪意ある存在とは見なかった。まったくそれとは反対に、神々はむしろ親友・縁者・当然の保護者であった。」

 むしろ、トーテミズムは、私の言葉でいえば「全体性への信任」から生まれたものなのだ。

「トーテミズムの根本にあるものは、要するに、恐怖や束縛のそれ以上に信任の感情である。〔中略〕嫉妬深い怖ろしい神々は宗教進化の後期にしか現われない。〔中略〕社会の魂を個人はすべて自身のうちにもっている。それは彼の一部をなしている。したがって、それが伝える衝動に身をゆだねるときには、彼は、拘束にゆだねるのではなくて、彼の天性が呼ぶところに赴くのだ、と信じている。」


6.なぜトーテムなのか? なぜ動植物なのか?

 それにしても、なぜこの社会=聖的経験がトーテムとして固着することになったのだろうか?

 デュルケームはいう。

 人間は、何らかの「しるし」に意味を見出すものである。

 たとえば、黒は喪の色である。したがって、それは悲しみを意味する。

 同じように、戦争の際、人は自分たちの旗を守ることに命をかけることがある。

 トーテムは、この氏族の旗と同じ意味を持つものと考えられる。

「トーテムは氏族の旗である。したがって、氏族の個人意識によび起す印象――依存ならびに活力が増加したという印象――が、氏族の観念より、ずっと甚だしくトーテムの観念に結びつくのは当然である。」

「氏族とは、本質的には、同一名をおびて、しかも、同一の徴を囲んで繋がり合う個人の集合である。名とこれを物質化した徴とを取り去ってしまうと、もはや、氏族は表象することができないのである。」

 では、それはなぜ動植物だったのか? デュルケームはいう。

「記号的画像の材料はデッサンによって象られうる事物にだけ求められた。他方、これらの事物は、氏族の人々がもっとも直接に、またもっとも親しく関係していたものでなければならなかった。動物はこの条件を最高度でみたした。〔中略〕この関連では、植物は次にしか出てこない。指物は、栽培されないかぎりは、食料のうちで二次的な地位しか占めないからである。〔中略〕太陽・月・星は余りにも遠く、他の世界に属しているという印象を与えたのである。」






(苫野一徳)

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